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縁側でのんびりが夢だったが…〈年金月22万円〉堅実に生きてきた72歳元会社員の溜息。週4日スーパーでアルバイト、「50年間働き続ける」という現実 …を組み合わせて備えておくことが大切。 ●生活コストを現役時代から見直す:定年後に慌てて節約するのではなく、早いうちから固定費を減らす習慣をつけておくと… (出典:THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン)) |

とても悲しく考えさせられる記事ですね。この問題は、単に友達がいないということだけではなく、中高年男性の心理的な健康や孤独感にも大きな影響を与えていることがわかります。定年後の生活に備え、心の支えとなる人間関係を築くことがますます重要だと感じます。読者の皆さんは、どのようにして友人を作っていますか?
例えば、自分がもし病気になった時など、自分のことを心配してくれる存在がいないのでは?など年を取ることで心理的に不安が大きくなるのかもしれません。
定年後の生活を楽しむためには、友人との交流が欠かせません。お互いに支え合う関係を築くことが、充実した人生に繋がるのではないでしょうか。
この課題は、男性だけでなく社会全体の関心事だと思いますので、皆で考えていきたいですね。
デイリー新潮2025年11月10日
https://www.dailyshincho.jp/article/2025/11101700/?all=1
2025年9月13日の朝日新聞電子版に『「友達がいない?」飲み会に誘われなくなった僕 58歳記者の苦悩』という記事が掲載された。「人生100年時代」とも言われる中、中年男性の現在、そして定年後の人生を考えさせられる内容となっている。
筆者の佐藤陽氏は朝日新聞入社34年目の58歳。定年まではあと7年で、その後に果たして地域のコミュニティで友達を作れるかを心配している。しかも、50代以降、学生時代の友人が佐藤氏を除いた形で会合を開いていることを知り、ショックを受けたというのだ。
これは、特に都会の50代以上の男性には切実な課題なのではなかろうか。定年退職した後の男性は、かつて「濡れ落ち葉」やら「わしも族」などと呼ばれ、厄介な存在として扱われていた。「濡れ落ち葉」とは、定年退職後に趣味も友人もなく妻にべったりとくっつく夫の様を表現する言葉。「わしも族」は、妻が何らかの外出をする際「わしも」とくっついて行く様を表す。
定年退職後の男性は、現役時代、あまりにも会社にすべてを捧げてしまったため、その後の人生において、コミュニケーション力に乏しく、身内や他者に依存する、というイメージで語られがちだ。その点、女性は、地域でもコミュニティを作ったり、サークルや友人関係、はたまたパートなどもあり、楽しく忙しい人生を送っているという対比で語られることも多い。
朝日新聞の佐藤氏は、こうした状況がいずれ自分にも到来するのではないか、と危惧し、同じ境遇になるかもしれない同世代の男性諸氏に向けて、この原稿を書いたのだろう。それは、50歳を過ぎた男性は長過ぎる人生の後半で、寂寥感を抱かず、「自分は社会・コミュニティから必要とされているし、嫌われていない」と自他ともに認める65歳以上になる準備を一緒にしましょう! という決意の表れであり、同じ境遇の読者への呼びかけでもあるのだろう。
現在私は52歳だが、佐藤氏の気持ちには共感しかない。というのも、私が新卒で入った会社の同期は、これから役員になる者はいるだろうが、それ以外の多くは「窓際族」的になる可能性が高い。いや、既になっている者もいるはずだ。男の場合、コレが実にキツいのだ。若手が忙しく働いているのを横目で見て、自分は「情報収集だから」とネットサーフィンをしたり、新聞を読んだりしている。会議にお呼びはかからず、出先を示すホワイトボードは自分だけ行き先が書かれていない。
実に由々しき事態なのだが、もはや現在の職場よりも良い条件への転職も困難だし、このままなんとか波風立てず定年を迎え、給料の大幅減を受け入れて再雇用で65歳まで乗り切ろう――。こう考えてしまうのである。
だが、見事に65歳まで乗り切ったとしても、次に対峙しなければならないのが、「友達問題」に他ならない。何しろ友達がいないのだ! 学生時代の友人にしても、もはや40年以上前の人間関係である。そうなるといかにして新たに友達を作ればいいのか。
都会に住んでいる私の知人の高齢者は、囲碁ができる場所に通うようになった。とにかく暇を持て余した高齢男性がその囲碁クラブ的な場所に集い、昼から夕方までひたすら囲碁をするのだ。あとは、麻雀も暇つぶしには丁度良いと同氏は言っていた。
とはいっても、65歳を過ぎた人間が「真の友人」を作るのはかなり難しい。結局その場で会う人々とは飲み会などに発展することはないだろう。
そんな時に、実は強かったのが「地方民」である。私自身は2020年11月まで東京に住んでいたが、そこでは上に挙げたような、寂しい高齢男性の姿ばかり見ていた。だが、佐賀県唐津市に引っ越しをすると、「地方コミュニティ」の底力を見せつけられることになった。
農村だと「村の寄り合い」というものがある。農作業を互いに手伝い、助け合うために必要な会合だ。さらに、唐津市内の中心部各所でも祭りが存在する。もっとも有名なのは「唐津くんち」だが、ほかにも「相知くんち」や「浜崎祇園」がある。年に1回のこれらお祭りに、地元の人々は時間と手間をかけ、同じ町に住む人々との交流を深めるのだ。同世代だけでなく、子どもから高齢者まで皆一体となる。
また、彼らは地元愛が強いため、「これまで一回も地元から出たことがない」なんて人もかなりいる。
※以下出典先で
★1:2025/11/11(火) 07:01
前スレ
【社会】定年が近づくと深刻さを増す中高年男性の「友達がいない」問題★2
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1762835622/
墓場に片足入った極貧*😚😚😚
しかも50とか初老だろ
奥さんいればいいけどな
友達いないのはどの年齢でも屑だろ
まぁ本人のせいだけど
どんどん減ってくんだろうなぁ
個人的には自分の老後に気難しい年寄り連中と付き合わなくても全然いいし、そのぶん孫との時間を大事にしたいわ
三田会は大きい会社ならほとんどあるから定年後も傷の舐め合いできるじゃねえのw
くだらん情報はここで十分だよな
自分で言うのも変だけどいつもそれなりにチームに貢献するプレーに徹してたからか今年で73歳ですって自己紹介したら周囲がおおお!ってなって20~30代の友達ができたし何なら30代の彼女もできました。
という夢をみた。
って言ってる奴らの哀れな末路
大人数での忘年会が無くなっただけで少人数での飲みは普通にある
そういう飲みにどれ位誘われるかが人として親しまれてるバロメーターとなってる
飲み会無くなって清々したと言うネット民の多くはそういう少人数の飲みは誘われない
これは危険信号なんだけどおそらく本人たちは気付いてないだろう
ネットでいくら繋がっていても
デバイスを閉じた後に涙が出てくる事がある
幸い同年代は数人おるにはおるが
病気のとき頼るのか?
たまに酒飲んでいろんな愚痴言い合う
周囲は変な爺さんしかおらんかった
わしも変なおっちゃんやけど
休日は退屈だが。
慣れたら面白いけどね
大企業の社畜はそれをやってこなかったからw
疲れる
任意では欲しくない
利害関係がなくなった友達はむしろ切ったほうが無難
利害関係なく付き合えるから「友達」なんだよ
ここの奴らマジで色々価値観ズレてそう
ほんまこれは由々しき問題やで
孤独なおぢとかもう頭が堅物のようになっとるね
信頼できるのは学生時代から付き合って来たやつだけ
そーいう奴は家族も大事にしてないタイプ
普通に生きてれば数人はいるだろ親友が
各々家庭持ってるから気軽に会えない
一人暮らしを謳歌してる。
自転車でも飲酒運転になるご時世だから、飲みにも誘われたくない。
酒は家で飲む。
まぁ、おひとり様を楽しめないと老後はきついだろうな。


















